ボッティチェリの名作「春(LA PRIMAVERA=ラ・プリマヴェーラ)」の謎に挑戦するサイトです。

一般的解釈
「難解な絵」とされるボッティチェリの「春」は、これまでどのように解釈されてきたのでしょうか。ここではその代表的な説を紹介します。

まずは、簡単な解説としてよく目にする説から。



■【『図説ボッティチェリの都フィレンツェ』で「通説」として紹介されている解説】
・右側に、冬が過ぎ去った森に西風の神ゼフェロス(ゼフィロ)が現われ、土の中に眠っていた花の神フローラを呼び起こす。
・ゼフェロスはフローラに春の風を吹き込む。
・フローラはやがて春の花を生み出し、春の女神プリマヴェーラへと変身する。
・花々に囲まれた森には、女王ヴィーナスが現われ、そのそばで三人の侍女、美の女神、貞潔の女神、愛の女神の三美神が舞い踊る。
・ヴィーナスの子供で、いたずら者のキューピッドは目隠しされたまま貞潔の女神に愛の矢の的を絞っている。
・左側には旅人の守護神メルクリウスが魔法の杖で冬の再来を防いでいる。


一般的にはだいたいこんな感じだと思います。
この本は、写真家の佐藤幸三氏が書かれた本で、非常にわかりやすいのですが、ほぼ同じような内容であっても専門書の文章になると俄然難解になってきます。


■ウィントによる解釈(新プラトン主義的寓意としての《プリマヴェーラ》)
・冬の大地のニンフ・クロリスが春の西風ゼフュロスに触れられて唇から花を出し、堂々と歩む花の女神フローラに変身する情景が描かれている。
・中央の目隠しされたキューピッドはその愛の色矢を三美神の中央の「貞潔」に向かえてつがえ、「貞潔」は左の「愛欲」と右の「美」に導かれて(メルクリウスへの)愛に目覚めてゆく
・左端のメルクリウスは杖で雲を払って、彼が見上げている神秘な世界の心理を明かそうとしている。
登場人物達の行為は「愛」を原動力とするネオ・プラトニズム的世界構造を意味している。
・西風の情熱的な愛によってこの世の「美」が生じ、目隠しされたキューピッド(視覚的な美によってではなく目に見えぬ天上の美によってひきおこされる天上の愛を意味する)の矢に射られて「貞潔」が目覚めるのは、彼女がメルクリウスをみつめていることによって示されるように、この世の外にある〈神的〉な世界に対してである
・本図の持つこのような意味は、流出→発現→回帰という、ネオ・プラトニズムの世界観における、愛を原動力とする運動に対応する。
・ヴィーナスは他の登場人物より一歩引いた場所にいてこの無言劇を司る役割を演じている。
・ヴィーナスの衣装や頭上の木々は聖母マリアの伝統的表現を象徴している。
・マリアは世界の最高の真理である「知恵の座」を意味し、それはネオ・プラトニズム思想において、ヴィーナスが象徴する「愛」が世界の根本原理とみなされていたことに対応する
本図の制作年代は、その均衡のとれた構図、写実性と装飾のつりあった細部などによって、1478年頃と考えられるべきであろう。
(この項は、『カンヴァス世界の大画家 ボッティチェルリ』p81より引用しました)


これは美術書の解説ですが、難解ですね(笑)。この説に対して真っ向から異を唱えているのが、ロナルド・ライトボーンです。


■ロナルド・ライトボーンによる解釈
・様式的な完成度から見て、1482〜83年頃に描かれたものである。
・1482年のロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコとセミラミデ・ダピアーノの結婚を祝って描かれた絵である。
新プラトン主義の高尚かつ教訓的な解釈は間違いである。なぜなら画面には控えめだが明白な官能性があるからである。
三美神やフローラ・クロリスは情欲をかきたてるような表現が意図されている。
・汚れのない美しい処女である三美神のひとりに愛の火をともすという行為は、花嫁への明白な賛辞。
キューピッドの矢が狙っているのは三美神の左端の女神であり、この女神の頭部には何度も調整が加えられたことがX線撮影によって確認できる。
・フローラとクロリスは変身(メタモルフォーシス)の過程として構成されたものではない。
(この項は、ロナルド・ライトボーン著『ボッティチェリ』を参考にしました)


なおロナルド・ライトボーンが著書の中で紹介している「新プラトン主義」の解釈は、上記のウィントによるものではなく、ネスカ・ロブの説です。


■ネスカ・ロブによる解釈(新プラトン主義的寓意としての《プリマヴェーラ》)
・神々の庭園の永遠の春を表す絵である。
(この項は、ロナルド・ライトボーン著『ボッティチェリ』p142〜143を参考にしました)


このほか様々な説がありますが、ポイントとなる部分を整理すると以下のようになります。
ポイント 相違する各説 関連事項 補足
(1)絵が描かれた時期と発注者 (a)1476〜78年 ・ロレンツォ豪華王(=ロレンツォ・イル・マニフィコ)が発注。
・ジュリアーノが発注という説もある。
シモネッタ(1476年病死)、ジュリアーノ(1478年に暗殺)の時期に重なる。

(b)1482年 ・ロレンツォ豪華王が発注し、ロレンツィーノに贈った。
・ロレンツィーノ自身が発注。
ロレンツィーノが1477〜78年に別荘を購入した時に自身で発注したという説と、ロレンツィーノが1482年に結婚した時に、ロレンツォ豪華王が贈ったいう説がある。
(2)右から二番目と三番目の女性は誰か (a)二番目はクロリス、三番目はフローラで同一人物 ・クロリスとフローラは同一人物で、クロリスがフローラに変身する姿が描かれたものである。

(b)二番目はクロリス、三番目はフローラで別人


(c)二番目はフローラ、三番目はプリマヴェーラ(ホーラ) ・フローラとプリマヴェーラ(ホーラ)は、「ヴィーナスの誕生」に登場する人物と類似点が多い。 プリマヴェーラは「春の女神」、ホーラは「季節の女神」である。
(3)「プリマヴェーラ」のテーマ(主題は)何か (a)世界の根本原理である「愛」を表現 新プラトン主義的寓意。

(b)神々の庭園の永遠の春を表す春の絵 新プラトン主義的寓意。

(c)結婚を喜び、祝う絵 ロナルド・ライトボーンによる解釈。
(4)登場人物のなかで、シモネッタがモデルとされているのは誰か (a)三美神の中央の女性(「貞淑」) 「貞淑」がシモネッタであれば、メルクリウスがジュリアーノか?

(b)ヴィーナスの右隣の女性(プリマヴェーラ?)


(c)西風が抱きかかえる右から二番目の女性(クロリス?)

(5)その他の登場人物は誰をモデルにしているのか (a)中央のヴィーナスはロレンツォ豪華王の妻クラリーチェ・オルシーニ
ヴィーナスが妊娠しているようにも見えることから、クラリーチェが妊娠している時期に描かれたとする。

(b)プリマヴェーラ(フローラ)はジュリアーノの遺児を身ごもったフィオレッタ・ゴリーニ


(c)メルクリウスはジュリアーノ


(d)西風(ゼフュロス)のモデルはエースのジョーという愛称でも親しまれている宍戸錠 頬の特徴が類似しているとの指摘もあったが、頬のシリコンを2001年に摘出手術で取り除いたため、現在は似ていない。
ここまでよく読んでくださいました。感謝いたします。この説はもちろん支持していただかなくて結構です。